伝説の竜王ルウと白竜の姫君の話

番外編

グゴー、ガゴー
今日も西の谷の洞窟(どうくつ)に、()()りのようなイビキが(ひび)(わた)ります。

「お師匠(ししょう)さま、お師匠(ししょう)さまったらぁ。起きてくださいよぉ。」
弟子(でし)のレッドは、仰向(あおむ)けで寝ているルウをなんとか起こそうと、躍起(やっき)になっていました。
「う~ん、ムニャ、ムニャ…もう、食べられない…」
レッドは肩をすくめると、天井(てんじょう)(あお)ぎました。
――はあ~、この人、寝てばかりなんだよな~。この人に弟子入(でしい)りしたのは間違(まちが)いだったかな…
レッドは客人(きゃくじん)のほうを振り返ると、(おのれ)()()じるように()(わけ)をしました。
「すみませんねぇ、師匠(ししょう)は最近、お(つか)れみたいで…いつもはこんなんじゃないんですよぉ~」
仰向(あおむ)けで(はら)を見せたまま寝ている師匠(ししょう)は、見ようによってはお(さら)()せられた七面鳥(しちめんちょう)のように見えます。
――ったく…威厳(いげん)もクソもありゃしない。
心の中の悪態(あくたい)が聞こえたのか、ルウがレッドに()()けるように寝返(ねがえ)りを()ちました。
「う~ん、もう少し寝かせてくれ。最近、いくら寝ても、(ねむ)くてしかたがないんだ…」
「何を言ってるんですか、(じじ)むさい…」
――たしかに、ジジイだけど…そこまで老けこむ年じゃないだろ…
ミニチュア・ドラゴンのレッドは(あき)れたように溜息(ためいき)をつきました。それでもなんとか師匠(ししょう)を起こそうと、自分の何倍も大きな体を懸命(けんめい)()さぶります。
「師匠!師匠!起きてくださいよ!お客様ですよ。もうっ!師匠ってばっ!」
やっとのことで起きたルウは、薄暗(うすぐら)洞窟(どうくつ)の中に(たたず)む美女を目にして(かた)まりました。

――なぜ、こんな辺鄙(へんぴ)な場所にこんな美女がいるのだ…夢でも見ているのか?それとも幻覚(げんかく)か…
ごしごしと目を(こす)りながら、ルウは何度か(またた)きをしました。しかし、目の前の美女は消えてなくなりません。それどころか、ルウに向かって微笑(ほほえ)んでさえみせるのです。薄暗(うすぐら)洞窟(どうくつ)の中で、美女の(まわ)りだけが白く光って見えました。
――夢ではないようだ…
ルウの後ろからレッドがそっと(ささや)きました。
「お師匠さま、ヨダレが()れています。」
弟子に指摘(してき)されて、ルウは(あわ)てて口元(くちもと)(ぬぐ)いました。どうやらイビキだけではなく、ヨダレも()らしながら寝ていたようです。とんだ醜態(しゅうたい)(さら)してしまいました。
ルウは美女にバレただろうかと、こっそりと美女の様子(ようす)(うか)がいましたが、美女は気が付いていないようで、優しく微笑(ほほえ)んでいます。
――美人というのは、おっとりとしたものだな…
起きてから、まだ一言(ひとこと)も口をきいていないにもかかわらず、ルウの頭の中には様々(さまざま)な思いが(いそが)しく()(めぐ)っていました。

「コホンッ」
(ほう)けている師匠を見るに見かねて、ルウの肩口(かたぐち)にとまっていたレッドが咳払(せきばら)いをしました。
「お師匠様、この方はエラム国の6番目のお姫様のシャーレイ様ですよ。師匠に一目(ひとめ)会いたいと、わざわざここまで飛んで来てくださったのです。」
奇特(きとく)(かた)もいらっしゃるものですねぇ」という言葉がつい口から出そうになって、レッドは(あわ)てて口をつぐみました。
「せっかく(たず)ねてきてくださったのですから、失礼(しつれい)のないようにちゃんとご挨拶(あいさつ)してくださいね。」
レッドにそう言われて、ルウはむっとしました。
「子供ではないのだから、そんなこと、言われなくてもわかっとるわい!無駄(むだ)なおしゃべりばかりしていないで、お客様にお出しするお茶でも用意してこいっ!」
ルウは短い前腕(ぜんわん)腕組(うでぐ)みすると、おしゃべりな弟子をジロリと(にら)みつけました。
「はい、はい、わかりましたよ。おお、こわい、こわい。」
「『はい』は一度でいいっ!一度でっ!」
師匠に対する尊敬(そんけい)(ねん)微塵(みじん)も感じられない様子に、ルウはフンッ!と鼻から(いきお)いよく息を吐き出しました。
「あ~~れ~~」
ルウの鼻息(はないき)で、レッドはあっという間に洞窟(どうくつ)の奥まで()ばされてしまいました。

「あ~、コホン!」
うるさい弟子(でし)がいなくなったところで、ルウは(あらた)めて美しい客人(きゃくじん)に向き直りました。
「お姫様、こんな辺鄙(へんぴ)な所によくぞお()でくださいました。お疲れでしょう。(たい)したおもてなしもできませんが、今、レッドがお茶を用意しております。こんなむさ(くる)しい所でよかければ、お茶でも飲んでいってください。」
「ありがとうございます。」
ルウに声を掛けられて、白竜の(ひめ)(ぎみ)ははにかんだ笑顔を見せました。姫君の可憐(かれん)な笑顔にルウは一瞬(いっしゅん)(まばた)きを忘れました。年甲斐(としがい)もなく、顔が赤くなったのが自分でもわかります。
――なんとまあ、可憐(かれん)な…
ルウは咳払(せきばら)いをすると、赤くなった顔を誤魔化(ごまか)しました。
「ところで、こんな遠くまで飛んで来てくださったのには、何か特別な理由でもおありかな?わしに何かご用でも?」
「あの…わたくし…」
姫は口ごもりました。
「ルウ様…」
「は、はいっ」
(すず)やかな声で名を呼ばれて、ルウは年甲斐(としがい)もなく声が上擦(うわず)ってしまいました。ミルクように白い肌、愛らしい目元(めもと)、優しい声…亡き母の面影(おもかげ)にもよく似た姫の美しさに、ルウはうっとりと目を(ほそ)めました。
――う~む…わしがもう少し若ければ…
ルウの思考(しこう)(さえぎ)るように、姫が口を開きました。
「あの、わたくし…小さい頃からあなたのお話を聞いて、ずっと(あこが)れておりました。エラム国ではあなた様はヒーローです。是非(ぜひ)、一度お()いしたいと思い続けておりました。本物(ほんもの)のルウ様にお目にかかれて感激(かんげき)ですっ!」
姫は(うる)んだ(ひとみ)でルウを見つめました。
「いや、いや、お(じょう)さん、(なに)かの間違(まちが)いではなかろうか?わしは有名になるような事は何もしておらんのだが…」
ルウは(あわ)てて顔の前で手を振りました。若い娘に尊敬(そんけい)眼差(まなざ)しで見られるのは悪いものではありませんが、勝手(かって)勘違(かんちが)いされて(あと)でがっかりされるのも(いや)です。
ルウには若い娘のキラキラした眼差(まなざ)しを受け止める自信(じしん)がありませんでした。
しかし、白竜の姫君はルウの戸惑(とまど)いには気が付かないようで、興奮(こうふん)した面持(おもも)ちで言葉を続けました。
「ルウ様!ルウ様はご(ぞん)じないかもしれませんが、ルウ様とデストロン国との(たたか)いは本にもなっているのでございますよ!数年前には、映画化もされました!貴方(あなた)(さま)はわたくしにとっては、本物のヒーローなのでございます。ほら、このキーホルダーも映画館で買ったものでございます。」
姫君は自分のバッグを指さしました。
――えっ?!これは俺なのか???
見ると、姫のバッグにはやたらと男前(おとこまえ)(ドラゴン)のキーホルダーが()けられていました。その横にはやけに可愛らしくデフォルメされたルウの(かん)バッジも付いています。
――この(つばさ)の形、この色は(まぎ)れもなくわしのようじゃが…はて、なんと答えたものか…
ルウは「むむむ」と(うな)りました。
――それにしても、デストロン…デストロン…どこかで聞いたことのある名前だな…
ルウは懸命(けんめい)記憶(きおく)の糸を手繰(たぐ)()せました。
なにしろ、五千年(ごせんねん)も生きているのです。いろいろありすぎて、昔のことはすぐには思い出せません。
「わたくしは貴方(あなた)(さま)勇者(ゆうしゃ)リューイ様のお話が大好きで、子供の頃、いつも寝る前に本を読んでもらっていました。」

「リューイ」と聞いて、ルウの中で(ねむ)っていた記憶(きおく)()()まされました。五千年前に1年ほど一緒(いっしょ)()らした人間の子供。あの子供の名前は、(たし)かリューイだったような…今ではリューイの顔の輪郭(りんかく)すら思い出せませんが、あの家で()らしていたとき、毎日が楽しかったことだけは(おぼ)えています。ルウに「ミュウ」という可愛らしくも()ずかしい名前を付けてくれたのも、あの子供でした。あの頃は楽しかったのう。わしも純粋(じゅんすい)だった…
ルウはしばし、思い出に(ひた)りました。

「おや、なんですか、この雰囲気(ふんいき)!なんだか、いい感じじゃないですか。お師匠さまも(すみ)に置けませんね~、この~、この~。」
お茶を()れて戻ってきたレッドは、二人の間に流れる微妙な空気を(さっ)して、すかさず茶々(ちゃちゃ)を入れました。
ゴンッ!
レッドの頭にルウの鉄拳(てっけん)が振り下ろされます。
「こらっ!姫に失礼なことを言うな。だいたいな、レッド!おまえは日頃(ひごろ)からいちいち一言、多いのじゃ。少しはこの姫を見習(みなら)うがよい。見ろ、この方はこんなにも礼儀(れいぎ)正しく、(ひか)えめで――」
「痛いなぁ~、もう、お師匠さまは乱暴(らんぼう)なんだからぁ。(なぐ)らなくってもいいのに~。」
レッドは痛む頭を(さす)りながら、ぶつぶつと文句(もんく)を言いました。そんな弟子は(ほう)っておいて、過去(かこ)記憶(きおく)(よみがえ)ったルウは、遠くから来た姫のために、姫が喜びそうな思い出話をいくつか披露(ひろう)することにしました。
しかし、その前にお茶を一服(いっぷく)。ルウは香草(こうそう)煮出(にだ)したお茶をズズズッと(すす)りました。鼻と口から香気(こうき)()けていき、頭がすっきりしました。
「お(じょう)さん、昔の話がお聞きになりたいかな。」
白竜の姫君は大きく(うなず)きました。
「はいっ!もちろんっ!」
姫は身を()()しました。
「さて、どこから話そうか……」

一時間後。
「ええっ!そうなんですか?!知らなかった!」
「そう、そう。それでな――」
二人は今日、初めて会ったとは思えないほど、()()けていました。姫の言葉遣(ことばづか)いもいつの間にか若い娘のそれに変わっていました。
「――わしはガッコウへ行くことにしたのだ。」
「えっ?ガッコウって、あのガッコウですか?」
姫が聞き返すと、ルウは(むね)()って答えました。
「そうだ、あのガッコウだ。そこでわしは人間の子供たちに()ざってジュギョウを受けたのだ。」
「グッ」
(となり)で聞いているレッドの(のど)から、奇妙(きみょう)な音が()れました。見ると、レッドは口を押えたまま、肩を(ふる)わせています。
「なんだか、とっても楽しそう。」
「ああ、とても楽しかった。」
ルウは姫の言葉に(うなず)きました。
「人間の子供といっても、まだ(よう)なくて、(ろく)な教育も受けていないゆえ、山猿(やまざる)のような連中(れんちゅう)だったがのう。」
その山猿(やまざる)のような連中(れんちゅう)夢中(むちゅう)になって遊んでいたことは、姫には内緒(ないしょ)です。姫はガッコウの様子(ようす)(おも)()かべたのか、クスクスと笑いを()らしました。
「子供たちもみんな、わしのことをミュウ、ミュウと呼んで――」
「グフッ」
レッドの(のど)から、またしても奇妙(きみょう)な音が()れました。
「ミュウ?」
姫が不思議(ふしぎ)そうな顔をしました。
「ああ、わしの当時(とうじ)()()だ。真名(まな)を人間に教えることはできなかったので、リューイが新しい名前をつけてくれたのだ。」
「ずいぶんと可愛らしいお名前を付けてもらったのですね。」
姫は少し首を(かし)げながら、(やさ)しく微笑(ほほえ)みました。姫と目が合ったレッドは、姫が笑いを(こら)えているのがわかりました。
「プッ!」
レッドは(たま)らず、吹き出しました。ずっと笑いを(こら)えていたのでしょう。笑い出したら止まりません。レッドは空中(からなか)でお(なか)(かか)えながら笑っています。見ると、姫も下を向いたまま、笑っているようです。
「ギャハハハ!もうダメですぅ!可笑(おか)しくって、我慢(がまん)できないぃ~。ヒ~ヒ~」
「さっきから聞いていれば、ガッコウへ行ったとが、ミュウと呼ばれていたとか、お師匠(ししょう)(さま)()()わなすぎですよぉ。ギャハハハ。」
ルウはむっとしました。
――()弟子(でし)ながら、本当に失礼(しつれい)なやつだ。
「ガッコウへ行ってなにが悪い!それにな、ミュウという名だって当時(とうじ)のわしにはぴったりの名前だったのだ!」
「ギャハハハ、ヒー、ヒー、笑いすぎて、お腹が(いた)いですぅ。これ以上(いじょう)(わら)わせないでくださいよぉ。」
「ウフフフ」
とうとう、姫までもが一緒(いっしょ)になって笑い出しました。若い娘の明るい笑い声に、暗い洞窟(どうくつ)の中が一気(いっき)(はな)やぎます。
当時(とうじ)のルウ(さま)はとても可愛らしくて、そのお名前がとても似合っていたと思いますわ。」
へそを曲げたルウに、姫はとりなすように優しい言葉を()けてくれました。
「ああ、そうだとも。あの頃はわしも可愛らしかったのだ。体の色も今のような(はい)青色(せいしょく)ではなく、薄い(ベビー)水色(ブルー)だったしのう。」
ルウの言葉に姫はニコリと微笑みました。
「それからな、ユキガッセンというものもしたぞ。あれは――」
姫のたった一言(ひとこと)気分(きぶん)再上昇(さいじょうしょう)したルウは、その()上機嫌(じょうきげん)で姫を相手にしゃべり続けました。

さらに1時間後。
笑いっぱなしの姫は、目尻(めじり)(たま)まった涙を(ぬぐ)いました。
「ルウ様って本当にお話が上手(じょうず)ですこと!わたくし、こんなに笑ったのは初めてです。本当に、お()いできて良かった!」
ルウは満足(まんぞく)そうに微笑(ほほえ)みながら、しゃべり(つか)れた(のど)をお茶で(うるお)しました。
「ルウ様は伝説(でんせつ)になられたぐらいのお(かた)ですから、少し近寄(ちかよ)(がた)いのかもと思っていましたが、実際(じっさい)にお()いしてみれば、少しも気取(きど)ったところがなく、(した)しみやすくて、お(やさ)しくて、なんて素敵(すてき)(かた)なんでしょう。急に()()けてしまったのに、(いや)な顔もされず、いろいろと楽しいお話を聞かせてくださり、本当にありがとうございました。」
姫はペコリと頭を()げました。
「いや、いや、(れい)にはおよびません。わしも(ひさし)ぶりに楽しい時間を過ごすことができました。」
その言葉に微笑(ほほえ)み返した姫は、急に真面目(まじめ)表情(ひょうじょう)になりました。
「そろそろ、お(いとま)しなくてはなりませんが、最後(さいご)に一つ、真面目(まじめ)な話をしてもよろしいでしょうか?」
「なに?真面目(まじめ)な話とな?」
――はて?(なん)じゃろ?わしが調子(ちょうし)()りすぎたので、がっかりしたとか?
ルウは居住(いず)まいを(ただ)しました。

(じつ)はわたくし、お見合(みあ)いが(いや)で父の所から()げてきたんです。」
「なんと、お見合いとな!」
ルウは驚きました。
「そなたは何歳なのだ?」
「今年で700歳になります。」
姫は恥ずかしそうに答えました。
「700歳とな!若いのう!しかし、700歳では結婚にはちと早すぎんかのう?まだ、結婚したくないから逃げ出してきたのか?」
「いいえ、そういうわけではないんです。結婚に対する(あこが)れは強いほうなので、結婚自体は(いや)ではないんです。ただ…お相手の方が土竜(どりゅう)で…」
姫はそこで言葉を(にご)しました。
「なんと、土竜(どりゅう)とな…」
ルウは姫を()(どく)に思いました。外見(がいけん)で人を判断(はんだん)するのはいけませんが、ほっそりとした姫と土竜(どりゅう)(なら)んでいるところを想像(そうぞう)すると、どうしても()(どく)に思えてしまいます。しかも、土竜は頑固(がんこ)気難(きむずか)しく、(ひね)くれ(もの)が多いのです。
――お()(どく)じゃ…。明るく振舞(ふるま)ってはいるが、こんな(さい)()ての()まで飛んでくるくらいじゃ。よほど(いや)だったのだろう。しかし、父君(ちちぎみ)()めたこととなるとなぁ。わしが口出(くちだ)ししてよいのものか。(こま)ったなぁ…
ルウは言葉(ことば)()まってしまいました。おいそれと無責任(むせきにん)発言(はつげん)はできません。
「お気持(きも)ちはよくわかるが、親御(おやご)さんも姫のためを思って、この縁談を決めたのだろうし。今では(ドラゴン)の数も随分(ずいぶん)()ってきているがゆえに、異種間(いしゅかん)結婚(けっこん)もやむを()ないのではないか?」
ルウがそう言うと、姫はハッとしたように顔を上げました。
――ルウ様がそんなことを言うなんて…ルウ様ならきっと、わたくしの気持ちをわかってくださると思ったのに…
先程(さきほど)までの会話(かいわ)で、すっかり()かり()えたと思っていた姫は、(くや)しそう(くちびる)()()めました。
「そんなことは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)しております。けれども、けれども…わたくし、土竜(どりゅう)だけは(いや)なんです!」
姫は(おも)()めたように、ルウを見詰(みつ)めました。
――そんな目で見ないでくれ。わしは何もしてやれん…

姫の視線(しせん)の強さにたじたじとなったルウは、目を()らしました。ついでに話も少し()らすことにします。女性(じょせい)()れはしていませんが、そういうところだけは(とし)(こう)で、世間(せけん)()れしているルウでした。
「そう言えば、そなたは(はく)(りゅう)なのに(つばさ)にカギ(つめ)()いているのじゃな。(めずら)しのう。」
話題(わだい)が変わったことで、強張(こわば)っていた姫の表情(ひょうじょう)が少し(やわ)らぎました。
「はい、わたくしたち一族(いちぞく)の中にはときどき、わたくしのように(つばさ)にカギ爪を持った者が生まれるのです。父は、わたくしが特別な(つばさ)を持っているものだから、高慢(こうまん)になっているのだと()めるのですが…でも、わたくしは翼のない土竜(どりゅう)見下(みくだ)しているわけではなくて…」
姫は今にも泣き出しそうになるのを、ぐっと(こら)えました。
「ただ…ただ..一緒(いっしょ)に空を()べる(かた)が好きなだけなのです。」
――ふむ、ご両親(りょうしん)希望(きぼう)と自分の素直(すなお)感情(かんじょう)(あいだ)(いた)(ばさ)みになっておられるのだな…(やさ)しいご気性(きしょう)ゆえ、ご両親を悲しませるのも(つら)いのだろう。
年配者(ねんぱいしゃ)として若い娘の幸せを(ねが)いつつも、一方(いっぽう)で、先程(さきほど)からルウの頭の中をグルグルと()(めぐ)っている思いはただ一つ。
――残念(ざんねん)じゃ。わしがもう少し(わか)ければ……
ルウは(あわ)てて首を()りました。
――いかん、いかん!わしは何を考えているのだ!いくらなんでも(とし)()があり()ぎるぞっ!
ルウは心の中で自分を(いさ)めました。
「そうか、姫は空を飛べる者が(この)みなのじゃな。他に何か条件(じょうけん)はあるかな?」
ルウは知り合いの若い(ドラゴン)たちの顔を思い浮かべました。
――条件に合う者がおれば、紹介しても良いのじゃが…
「はい、先程(さきほど)(もう)しましたように、一緒に空を飛べて」
「ふむ」
気取(きど)らなくって」
「ふむ」
年上(としうえ)で」
「ふむ」
「できれば、(はく)(りゅう)の血を引いていて」
「ふむ」
そこまで聞いて、ルウははたと(ひざ)を打ちました。
「なんと!まるでわしではないか!」
ルウの言葉に、姫は顔を赤らめて(うつむ)きました。
「ヒュ~♪」
それまで(だま)って二人の会話を聞いていたレッドが、()やかすように口笛(くちぶえ)()きました。
「お師匠さまもまだまだ()てたもんじゃありませんねぇ。こんな若い娘に(こく)られるとは!」
「こ、こらっ、レッド!勘違(かんちが)いするでない!姫は、ただ(たん)結婚(けっこん)相手(あいて)条件(じょうけん)()げられているだけじゃ。わしのことを言っているわけではない。」
レッドに言った言葉は半分、自分に言い聞かせるための言葉でした。
――勘違いをしてはいかん。こんな若くて綺麗(きれい)なお嬢さんがわしのことを()いてくれるわけがない…見ろ、このぴちぴちのお(はだ)を!わしのお(はだ)とは雲泥(うんでい)()だ。こんなコがわしのことを()いてくれるだなんて、考えるほうがどうかしている。
ルウの頭の中を様々な考えが、もの凄い勢いで流れていきます。
――しかも、成人(せいじん)しているとはいえ、若すぎて、なにやら(うし)ろめたい気分(きぶん)になるし…いや、いや、(うし)ろめたいも何も、そんなことがあるわけもない…
否定(ひてい)したり、肯定(こうてい)したり、気分が()がったり、()がったり、自問自答(じもんじとう)()(かえ)しているうちに、ルウは頭は爆発(ばくはつ)しそうになりました。
――ああ、もうっ、じれったいっ!これだから、師匠(ししょう)はいつまで()っても独身(どくしん)なんだよっ!こんなチャンス、二度とないのに!
()()らないルウの態度(たいど)(ごう)()やしたレッドは、(うし)ろから師匠(ししょう)の広い背中(背中)()()りしたくなりました。

こう見えても3(とう)()の父親であるレッドには、これを(のが)したらルウは一生(いっしょう)結婚できないことがよくわかりました。
――まったく…ここは俺が一肌(ひとはだ)()ぐしかないな…
レッドは数秒間(すうびょうかん)(だま)って師匠の顔を(なが)めると、おもむろに口を(ひら)きました。
「そうですか?お師匠様だって、本当はお姫様のことが気に入っているんじゃないんですか?俺にはそんなふうには見えますけどね。それに、ねえ、お(ひい)さん、結婚相手の条件って、そのまんま、師匠のことを()してくるんですよね?」
「こらっ、レッド!何を言うのじゃっ!」
(あわ)ててレッドを(さえぎ)ろうとしたルウの目の(すみ)で、姫は小さく(うなず)きました。
――えっ?!えっ?!
(おどろ)きのあまり、(こと)次第(しだい)がすぐには理解(りかい)できないルウでしたが、()わりにレッドがすぐさま(こた)えてくれました。
「ヒュ~ヒュ~♪」
レッドが(ふたた)び、二人を()やかします。
「だけど、お(ひい)さま、こんなジジイでいいんですか?師匠は五千歳を()えてますよ。お金もないですよ。貴女(あなた)ぐらい綺麗(きれい)だったら、相手(あいて)はより()見取(みど)りでしょうに。」
レッドが(ねん)()すと、()ずかしそうに(うつむ)いていた姫が顔を上げました。
「わたくしにとって、ヒーローはただ一人でございます。」
「ヒュ~!」
(おどろ)きと称賛(しょうさん)口笛(くちぶえ)がレッドの口から()れました。
「いや、お見事(みごと)!この勝負(しょうぶ)、お(ひい)さんの一本(いっぽん)()ち!」
それを聞いたルウは(まい)ったというように、(ひたい)に手を当てました。
――ああ、降参(こうさん)じゃ!
「良かったですねぇ~、お師匠さまぁ。やっと、お師匠さまにも春が来ましたねぇ。」
姫につられて赤くなったルウを、レッドは遠慮(えんりょ)なく()やかすのでした。

それから数か月後、ルウが若くて綺麗(きれい)なお(よめ)さんをもらったという(うわさ)が、西の谷に広がりました。二人はいつも西の山の上を、手をつないでランデブーしているとか、おはようとおやすみのチューは()かさないらしいとか、寝てばかりいたルウが急に若返(わかがえ)ったとかetc. その(うわさ)を聞いて、(こん)(かつ)苦労(くろう)している若い(ドラゴン)たちが大層(たいそう)(うらや)ましがったのは言うまでもありません。
めでたし、めでたし。

あとがき

五千年後のミュウの歳の差婚のお話でした。ミュウの一人称が「ボク」から「わし」に変わっていますし、人格(竜格?)も変わり過ぎですね (;^_^A)。ちょっとやり過ぎた感がありますが、ご容赦くださいませ。
小さい読者のみなさん、今回は大人の人向けのお話です。ごめんなさい。「婚活」とか、わからない単語がいっぱい出てきましたね(笑)。わからない言葉があれば、お父さんやお母さんに聞いてくださいね。




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