あれは、一ヵ月ほど前のことでした。おばあちゃんは家庭菜園を荒らしにやってくる大きな七面鳥に手を焼いていました。その七面鳥は何度、追い払ってもすぐに戻ってくるのです。七面鳥に腹を立てたおばあちゃんは、ちょっと脅すつもりでおじいちゃんの猟銃を持ち出しました。おじいちゃんは木こりでしたが、冬の間は漁師もしていました。おじいちゃんが亡くなった後、その猟銃は誰にも使われないまま、ずっと暖炉に上に飾られていました。
今でこそ、森の暮らしにも慣れ、逞しく生きているおばあちゃんですが、元々は町育ちで本物の銃など見たこともありませんでした。ましてや、自分が銃を使う日がくるなんて思ってもみませんでした。
おばあちゃんは恐る恐る銃に弾を込めると、庭の隅に隠れて、七面鳥がやってくるのを待ちました。森の中には野生の七面鳥も棲んでいましたが、おばあちゃんの庭に現れる七面鳥は、どうやら農場から逃げ出してきた七面鳥のようでした。農場で何か辛い事でもあったのでしょうか。件の七面鳥はいつも険しい表情をしていました。
七面鳥はいつもの時間に現れると、植えたばかりのトマトの苗木を引き抜き、口にくわえてブンブンと振り回し始めました。
次に土の中からジャガイモを掘り出すと、嘴で突ついて穴をあけ、不味そうにペッと吐き出しました。
――んまあ、なんて憎たらしい…
おばあちゃんには、七面鳥のこういうところが本当に許せませんでした。お腹が空いて野菜を食べに来ているならまだしも、この七面鳥はただ菜園を荒らしているだけなのです。
――やっぱり、許せないわ!
おばあちゃんは銃をぎゅっと握り締めました。
「クエッ!」
おばあちゃんの殺気を感じ取ったのか、七面鳥は一瞬動きを止め、鋭い目付きで辺りを見回しました。この七面鳥は今までおばあちゃんが見た中で一番体が大きく、羽を広げると2メートルほどありました。
七面鳥は辺りに自分に逆らう者がいないことを確認すると、今度はほうれん草を食い千切り始めました。その間も、歩きながら太い足で畑を滅茶苦茶に掘り返していきます。
――そろそろお悪戯の時間も終わりよ。
おばあちゃんは、静かに狙いを定めました。
――少しだけ驚かせてあげましょ!
どうせ当たるはずがないと、おばあちゃんは深く考えずに引き金を引きました。
ズドン!
想像以上の強い衝撃に、気がつくとおばあちゃんは銃を握ったままひっくり返っていました。
――なんてまあ、恐ろしい道具なの…
おばあちゃんは銃口から立ち上る細い煙を呆然と眺めました。驚きのあまり、七面鳥のことなど頭からすっかり抜け落ちていました。
しばらくして、おばあちゃんがふと顔を上げると、七面鳥が物凄い形相でおばあちゃんを睨みつけていました。見ると、七面鳥の翼から血が出ています。
――えっ!?やだ、どうしましょう!弾が当たってしまったのね!七面鳥さん、ごめんなさいっ!
「クエーッ!」
しかし、おばあちゃんの心の中の謝罪は七面鳥には伝わらなかったようで、猛り狂った七面鳥はおばあちゃん目掛けて突進してきました。
――ああ、神様!助けて!殺される!
尻もちをついたまま動けなくなったおばあちゃんは、思わず目を瞑りました。
ズドンッ!
強い衝撃におばあちゃんはもんどり打ちました。七面鳥に体当たりされた衝撃で銃から弾が発射されました。おばあちゃんの手から離れた銃が、くるくる回りながら宙に舞います。
――ああ、私は死んだのかしら…
しばらくして、おばあちゃんが恐る恐る目を開けてみると、目の前には動かなくなった七面鳥と銃が転がっていました。
その年のクリスマスは、いつになく大きな七面鳥が食卓に並び、皆が舌鼓を打ったことは言うまでもありません。
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