ネタニヤの憂鬱 2

番外編

思えば、10代の頃は何も気にせずに甘い物を買っていたような気がします。その頃のネタニヤは背ばかりヒョロヒョロと伸びた細い少年でした。しかし、20代になって、どんどん筋肉が付き、ごつくなってきた頃から、甘党と知られると驚かれるようになりました。

ネタニヤが自分でお菓子を買いに行けなくなった原因は、三年前の事件にありました。
その日、ネタには恋人の為にお菓子を買いに行くという同僚に、何も考えずにネタニヤもついていきました。町で評判の菓子店には、色とりどりのスイーツが所狭(ところせま)しと並んでいました。見ているだけでも、心が弾みます。
同僚は恋人のために、ハート形をしたチョコレートと可愛らしいスイーツを幾つか購入しました。ネタニヤも自分のために、幾つかお菓子を選びました。どれも美味しそうで、あれもこれもとつい欲張ってしまいました。
同僚は既に会計を済ませており、おかみさんに恋人のことでからかわれていました。レジに大量のお菓子を置いたネタニヤも、おかみさんのからかいの的になりました。
「あらっ、奥さんに買っていくのかい?えらいね~。うちの亭主にも少し見習って欲しいよ。」
おかみさんはそう言うと、豪快に笑いました。おかみさんが大きな声を出したせいで、店中の視線が自分に集まっているような気がします。結婚もしていないどころか、恋人さえいないネタニヤは、返事に困りました。
「ああ、まだ独身なのかい?それなら、彼女かい?優しいね!」
おかみさんはネタニヤに意味あり気にウインクをすると、「これはおまけだよ」と言って、惚れ薬の入ったキャンディーを袋に入れてくれました。
「今度来るときは、あのカッコいい隊長さんも連れて来ておくれよ」
おかみさんは大量のお菓子を袋に詰めながら、カラカラと笑いました。色々な意味で傷付いたネタニヤは、恥ずかしさもあり、何も言わずに大きな体を丸めるようにして店を出ました。

店を出ると、出口の近くで待っていた同僚は、腹を抱えて笑い出しました。この出来事は、繊細な男心を傷つけるに十分で、それ以来、ネタニヤは菓子店に行けなくなりました。そして、どうしても甘い物が食べたくなった時には、小さな声でシメオンに頼むのでした。
ちなみに、あの時の同僚は、今は結婚もして子供もいます。
――惚れ薬の入ったキャンディーは、どうしたんだっけ?
どのくらい効果があるのか分かりませんが、あげる人もなく、食べずに捨てたような思います。
昔の事を思い出していたネタニヤに、シメオンが素朴な質問をぶつけました。
「最近、お菓子の量が増えていませんか?」
ネタニヤはぎくっとしましたが、何も答えませんでした。
「よく太りませんね?あっ、副隊長、さては恋人ができましたね?その人のために買っているんですか?」
嘘がつけないネタニヤは、黙って首を振りました。
――それが本当なら、どんなによいか…
ネタニヤは心の中でため息をつきました。
――自分にもお菓子を持って会いに行ける恋人がいれば…
殺伐とした日々にも、癒しは必要です。しかし、現実は厳しいものでした。常にユストと行動を共にしているネタニヤは、ユストの引き立て役でしかありませんでした。それでなくても、無口で不器用なのに、ユストがすべての女性の注目を集めてしまうのです。どうして、自分から女性に声をかけられましょう。ユストのお蔭で、ネタニヤに対する女性達の印象は「ユストの後ろにいたあの(・・)大きな(・・・)()」でしかないのです。
ユストも長身ですが、ネタニヤはユストよりもさらに背が高く、2メートルを超えていました。可哀想なネタニヤに、春が訪れることはあるのでしょうか。
しかし、ネタニヤがユストに嫉妬したことは、一度もありませんでした。ネタニヤにとって、ユストは嫉妬というくだらない感情を超越した存在だったのです。
――俺はいいのだ。ユスト隊長にお仕えすることさえできれば…

「うぷっ!」
「くくくっ!」
物陰からネタニヤの様子を見ていた二人は、笑いを堪えるのに懸命でした。何の面白みもない男だと思っていたネタニヤは、実は素晴らしい喜劇役者でした。
ネタニヤの反応があまりにも可笑しかったので、昨夜はついつい調子に乗って、すべてのお菓子を運び出してしまいました。本当はクッキーが半分もあれば、ミニマムサイズの二人には十分なのですが…

実は、今回の事件の発端となったのは、ネタニヤが敬愛して止まないユストでした。
ユストが遠征に出る前日、キキとリンは自分達も連れて行くようにとユストに迫っていました。しかし、ユストはそれを拒否しました。今回の遠征は非常に危険を伴うものであり、二人には無理と判断したからでした。しかし、それは表面的な理由に過ぎず、一番の理由は二人を連れていくと何かと面倒だったからです。
前回の旅も、ユストは(はな)から二人を連れて行くつもりはありませんでした。しかし、いつの間にか二人が荷物の中に紛れ込んでいたのです。妖精たちがまたついてこないように、ここは一つ手を打たなければなりません。
「二人に頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるか?」
妖精達は顔を見合わせました。ユストからお願いされるなんて、初めての事ではないでしょうか。
「キキとリンはこの城に残って、ネタニヤの側にいてやって欲しいんだ。今回の任務、ネタニヤにはちと荷が重い。だから側で見守ってやってくれないか。もちろん、姿は見せなくていい。ただ、そっと影がから見守ってくれるだけでいいんだ。」
頼られて悪い気はしませんが、二人は妙に勿体ぶりました。
「そうねえ~、どうしようかしら。」
「まあ、ユストが他に頼む人がいないっていうんなら、引き受けてあげてもいいけど。」
実のところ、二人はユストの遠征にそんなに興味はありませんでした。ただ、ちょっと困らせてみたかったのです。体の小さな二人にとっては、野営よりも城内の暮らしのほうが快適に決まってます。
ちなみに、城内には二人の専用の家がありました。もちろん、それは二人の為に作られたものではなく、女王が子供の頃、使っていた人形の家に二人が勝手に住みついていただけなのですが。
女王の人形の家は、それはそれは豪華で、家の中には小さなテーブル、椅子、ソファ、食器棚、バスルームやキッチンまでついていました。ベッドはふかふかで、洋服ダンスには美しいドレスがたくさん収められていました。食器だってちゃんと使えます。
こうした安寧な暮らしを捨ててまで、ユストと一緒に行こうとしたのは、二人が気紛れを起こしたせいと、ちょっと退屈していたせいでした。

ぐらついていた二人の心に(とど)めを刺したのは、この言葉でした。
「ああ見えても、アイツは結構、面白いんだぞ。それに(だい)の甘党なんだ。机の中にお菓子がいっぱい入っている。」
この言葉には、思った以上の効果がありました。
「ええっ!本当?!」
「アイツが?!」
二人の目が爛々と輝いています。
ユストは大きく頷くと、二人にウインクしてみせました。そのウインクはどういう意味なのでしょうか。
――アイツのお菓子を食べてもいいぞ。
二人はそう受け取りました。そうなれば、則、OKです。二人は(いち)()もなく、ユストの依頼を引き受けました。
「わかったわ!ネタニヤの面倒をみてあげる。」
「仕方がないわね。」
――許せ、ネタニヤ!
ユストは心の中でネタニヤに謝りつつも、大して心配もせずに二人を置いて出掛けました。

ユストが出発した後も、妖精たちは今までどおり執務室に出入りしていました。しかし、ネタニヤはまったく気付いていませんでした。

残念ながら、妖精たちにとってネタニヤは興味深い観察対象ではありませんでした。しかし、軽い気持ちでお菓子を盗んだ時のリアクションは最高でした。物影からネタニヤを観察していた二人は、お腹を抱えて笑い転げました。それ以来、ネタニヤは妖精たちの恰好のおもちゃとなったのです。
二人にとって、執務室は勝手知ったる我が家。ドアに鍵が掛かっていても、窓が閉まっていても、入り込む隙はいくらでもありました。机だって、正面からは隙間がないように見えますが、裏側に回ると隙間だらけでした。引き出しの中に潜り込むなぞ、なんの造作(ぞうさ)もありません。

しかし、変なところで律儀な妖精たちは、ユストの頼みを忘れませんでした。ネタニヤが疲労困憊して指一本動かせないときや、自分の未熟さにため息しか出ないような夜は、必ず机の上に小さな野の花が置かれていました。残念ながら、それはあまりにも小さな花だったので、ネタニヤに気付かれることはありませんでしたが…

こんなふうにして可哀想なネタニヤは、妖精たちの気紛れで慰められたり、楽しみを奪われたりしたのでした。

おしまい。




コメント

タイトルとURLをコピーしました