ある日の午後、森の中を歩いていたリューイは、微かな鳴き声を耳にして、ふと足を止めました。
ミュウ、ミュウ…ミュウ、ミュウ…
――んっ?子猫?!
リューイは自分の耳を疑いました。ここは森の中です。こんな所に猫がいる訳がありません。
この森は良く手入れがされており、適度に日差しも差し込んで明るく、人が通れるような道も造られてはいますが、それでも滅多に人が通ることはありません。猫は人がいない場所では生きていけません。
また、森の中には野生動物も多いため、成猫でもかなり危険な場所です。ましてや生まれたての子猫など肉食動物に捕まったら、柔らかい肉まんのようにあむ、あむと二口ぐらいで食べられてしまうでしょう。
リューイはパンの入ったカゴを抱え直しました。今日はお母さんに頼まれて、森の中に住むおばあちゃんにパンを届ける予定です。
――でも、どこにいるのかな?
赤ずきんちゃん…ではなく、リューイは立ち止まって、じっと耳を澄ましました。
――子猫だったら、助けてあげなくちゃ!
微かな鳴き声は子猫のように聞こえますが、子猫にしては声がしゃがれているような気もします。しかし、細い鳴き声はリューイが足を止めた途端に、止んでしまいました。
――もしかして、僕が怖い?
リューイはキョロキョロと辺りを見回しました。何者かが何処かから、見ているような気配がします。気のせいかでしょうか。リューイはそっとその場を離れました。
しかし、鳴き声の主はリューイが歩き出すと、引き留めるかのように再び鳴き出すのです。
――この辺かな?!
しかし、リューイが目星を付けた辺りに近づくと、やはり鳴き声は止んでしまいます。
――見つけて欲しいのか、見つかりたくないのか、どっちなんだ?!
リューイは困惑しました。謎の生物は生きることを強く望みつつも、不安と恐怖で誰にも近寄って欲しくないようでした。きっと人間が怖いのかもしれません。けれども、子猫をこんな森の中に残していく訳にはいきません。もしも、子猫だったら、絶対に家に連れて帰ろうと、リューイは心に誓いました。――どこ?
こんな事を繰り返すうちに、気が付けばリューイは森の奥深くまで足を踏み入れていました。
木の上からリューイを見ていた小鳥たちも、囀るのを止めて事の成り行きをじっと見守っています。
リューイは神経を集中させて耳を澄ましましたが、何度聞いても声のする方向が分かりません。森の中では、音の方向が掴み辛いのです。
ミュウ、ミュウ…ミュウ、ミュウ…
またしても、謎の生物が鳴き出しました。子猫の鳴き声にしては可愛くないような気がしますが、鳴き過ぎて声が枯れてしまったのかもしれません。もしかしたら、猫に似た別の動物かもしれません。しかし、この森に猫に似た動物が棲んでいるという話は聞いたことがありません。
――これはまさか…新種の動物?!
だとしたら、自分が第一発見者です。「10歳の少年、お手柄!森の中で新種の動物を発見!」新聞の見出しが頭の中に浮かびます。
――でも、やっぱり珍しい動物より、子猫がいいな…
リューイはパンの入ったカゴを地面に置くと、本格的に子猫を探し始めました。よく耳を澄ますと、子猫の鳴き声に混じって、微かな水音が聞こえきます。そう言えば、この近くには小川が小川があったような気がします。
――小川の近く?
リューイは胸を躍らせました。
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