ネタニヤの憂鬱 1

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

――ないっ!
ネタニヤは机の引き出しを開けたまま、頭を抱えました。
――昨夜、確かにカギを掛けておいたのに。
ネタニヤは眉間に皺を寄せたまま、空っぽの引き出しを見つめていました。
――ない、ない、ないっ!どこにもないっ!うおぉ~、俺の唯一の楽しみが~!
引き出しを間違えたかと思い、四番目の引き出しを開けてみましたが、そこにもありませんでした。一番目の引き出しにも、二番目の引き出しにもありません。足元のくずかごを探してみましたが、もちろん、そこにもありませんでした。書類の山をひっくり返したり、大きな体を折り曲げて机の下に潜ったりもしましたが、探し物は見つかりませんでした。
――なぜだ!なぜ、ないっ!
ネタニヤは思わず叫びそうになりました。
――いったい、これで何度目だ?こんな事にならないように、昨夜は机の引き出しにも、執務室のドアにも二重に鍵を掛けておいたのに!
ネタニヤの眉間の皺は益々、深くなるばかりです。しかめっ面をしていると四十歳ぐらいに見えるネタニヤでしたが、実際には、ネタニヤはまだ二十代前半でした。老け顔のせいで、ユストと一緒にいると、必ずネタニヤのほうが年上に思われるのです。身長もネタニヤのほうが20cmほど高く、どこへ行っても頭をぶつけてしまいます。

それはさておき、今日も今日とて、早朝から深夜まで働き詰めだったネタニヤは、くたくたになって執務室に戻ってきました。時計は既に11時を回っています。これから、国境付近の偵察にあたっていた者たちから報告を聞き、ユストに送る報告書を書いて、やっと一日が終わるのです。
――ユスト隊長は毎日、こんな激務をこなしていたのか?
ネタニヤはユストの超人ぶりにあらためて舌を巻きました。
――あの人は人間じゃない…よく体がもったな。
まだ、ユストの代役を務め始めてからまだ数週間しか経っていませんでしたが、ネタニヤは既に音を上げていました。
そんなネタニヤにとって、唯一の楽しみは一日の終わりのおやつタイムでした。ネタニヤはこの時間をなによりも愛していました。引き出しの中には、マカロンがまだ少し残っていた筈です。ピンクはストロベリー、紫はブルーベリー、茶色はチョコ、グリーンは異国のグリーンティー…
弾む心で引き出しを開けたネタニヤは、そこで絶望の淵に突き落とされました。

何か深刻な悩みを抱えているらしいネタニヤの様子に、傍に控えていたシメオンはなかなか声を掛けることができずにいました。しかし、ネタニヤがふと振り返ったので、声を掛ける決心がつきました。「副隊長、どうかなさいましたか?」
あまりの絶望感に、シメオンの存在をすっかり忘れていたネタニヤは、声を掛けられてハッとしました。
やや、間があってから、ネタニヤは答えました。
「ないのだ。」
「はっ?」
――だから、ないのだ、俺のお菓子がっ!
ネタニヤは心の中で叫びました。
「何がないのですか?」
「いや、いい。なんでもない。」
ネタニヤは再び黙り込むと、むっつりと椅子に腰を下ろしました。
――昨夜、帰るときは確かに十個あった。何度も数えたのだから間違いない。なのに、今日は六個しかないっ!こんなことがあっていいのか?泣く子も黙るこの俺様から、お菓子を盗むなんて……しかも、これで何度目だ?!
ネタニヤは腕組みをしながら、天井を見上げました。

ユストに代わって隊をまとめることになったネタニヤは、以前にも増して忙しい日々を送っていました。隊長代理としてユストの執務室を使うことになったネタニヤは、執務室に一つだけ私物を持ち込むことを自分に許しました。それがスイーツだったのです。ごつい見た目にかかわらず、ネタニヤは大の甘党でした。
上から三番上の引き出し―ネタニヤにとっては秘密の宝石箱-には、シメオンに頼んで買ってきてもらったお菓子がたくさんストックされていました。

最初の異変に気が付いたのは、隊長代理になって一週間後のことでした。お菓子が微妙に減っているような気がします。しかし、その時は慣れない仕事で余裕がなかったため、あまり気にしませんでした。
その後も、お菓子のストックがなくなるのが早すぎるように感じていましたが、疲れているせいだろうと思っていました。
お菓子が盗まれていると確信したのは、引き出しの中にキャンディーの包装紙が残されているのを見たときでした。几帳面なネタニヤは、ゴミは必ずくずかごに捨てていました。間違っても引き出しの中に包装紙を放置するようなことはしませんでした。
――誰かが俺のお菓子を盗んでいる!
その時、疑惑が確信に変わりました。

その後も、引き出しの中に残された包装紙を何度か見つけたネタニヤは、同様の手口から同一犯の犯行と確信しました。そして、いつしか、出勤直後と帰宅前にお菓子の数を数えるのが日課となりました。
しかし、どれだけ厳重に鍵をかけても、お菓子泥棒はどこからともなく侵入し、盗んでいくのです。ネタニヤはこの現象をどう説明してよいかわかりませんでした。

もしも、ネタニヤが自分でスイーツを買いに行くことができれば、お菓子ごときでこれほど大騒ぎもしなかったでしょう。しかし、とある事情により、ネタニヤは自分でお菓子を買いに行くことができませんでした。本当はネタニヤだって、部下に頼んだりしたくはないのです。部下に頻繁に私用を頼むのは、ネタニヤだって気が引けます。だからこそ、少量のスイーツをチビチビ食べて我慢しているのです。

なぜ、ネタニヤが自分でスイーツを買いに行けなくなったのか。それには悲しき男心がありました。




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